初モノです。桃、大好き、嬉しいな〜。福島は桃の産地なので、どこからともなく頂けたり、あるいは直売所で安く購入できたりするのがありがたいです。
その土地の旬のものは、そこで生きる人たちに必要な栄養素を含んでいる、なんて聞いたことがあります。
これと一緒で、いま、なんとなく(何かを)したい、あるいはしたくない、という感覚は、わたしたちを幸せに導くために、いま、必要な体験が何なのかを知らせてくれているのかもしれません。
こんな話を聞いたことがあります。ある方が、日常的に煙草を吸い、お酒をのみ、これといった運動もしないという、およそ健康的とは言い難い生活をしていたにもかかわらず、特に健康診断では問題が出なかったのだそうです。
一方、ある方は、煙草もお酒ものまず、定期的にヨガ(ピラティスだったかも)をして、健康に気を配っていたにもかかわらず、癌になってしまったのだそう。
これは極端な例ですが、一体、どういうことなのでしょう。これは、そのときどきの感覚にしたがったか、したがわなかったかの違いといえそうです。
健康面にかかわらず、わたしたちは〇〇すべき、あるいは〇〇すべきではないという常識や観念にとらわれて、感覚、つまりは心の声(本音)を無視しがちではないでしょうか。
ですが、この感覚(心の声=本音)こそが、わたしたちを真に幸せに導くものではないかと思うのです。
いいかえれば、自分と仲良くしながら生きること、ともいるかと。現実的な制約があるにしても、心の声を汲みつつそれに従う努力をすることは、わたしたちを真に幸せな世界へ導くはずです。
そんなわけで、アレもこれもしようと予定を詰め込み、無理をしてまてもやり遂げようとしてしまいがちな自分に(これって昭和のやり方よね。昭和生まれだから仕方がないですけど)「自分と仲良くしながら過ごそうね」と言い聞かせているところなのでした。